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プギー! 


2007.04.15
Sun
23:56

帰ってきた!
黄泉の国から、私の戦士が帰ってきた!

こんばんは、おっことぬしです。

多分、もうちょっとしたら、祟り神になりそうな感じです。
まぁ、冗談はさておき、帰ってきました。
ペプシマンが。

どこ行ってたんだよ! と言わんばかりに
全身汚れていました。
きっと、彼は敵の気配を察知し、
のなすらの下を離れたのでしょう。

よく帰ってきた!

庭に落ちてたのは秘密です。
出番のなくなったアシモが、心なしかくすんで見えますが、
気のせいです。

気のせいですが、アシモの姿を見ていたら、
とある一文を思い出しました。

『それは、立派なおもちゃの兵隊になることを夢見た
小さな孤独だった。』

森博嗣先生のデビュー作、
『すべてがFになる』の最後の一行です。

(作品については関係ないので一切述べません。
ほんとは最後の一文も書いちゃいけないんですが、
思い出したので)

人形やおもちゃが動く、という設定で作られたストーリーは
たくさんありますが、ロボットが人間的になる、
というのは主に日本的な発想だということをご存じでしょうか?

海外だと大体ハードSFになっちゃうんですが、
機械知性群というのは人間の敵になります。
ロボットの語源が『奴隷』ということもあってか、
反乱というストーリーに繋がりやすいのでしょう。

逆に日本はアトム、ドラえもん、その他諸々の作品で
人間と『友達』になっています。
スピルバーグ監督の『A.I.』という作品は、
人間になりたいという願望のロボットものでしたが、
これは日本的な友達感覚よりもピノキオチックですね。

で、こんなことを考えたからには、ペプシマンの冒険譚よりも
アシモの悲愴譚を思い浮かべるのなすらです。
たぶん、ピノキオチックなお話であり、そして成就されない
悲しさが残るだろう、と予想されます。

可哀想なアシモ(ストラップ)。

大量生産され、運良く購入されるが、本来の用途
として扱われない。
アイデンティティの崩壊です。

のなすらの持っているアシモが、こんな事を考えたかは
定かではありません。
ですが、『小さな孤独』の背景には小さな出来事しか
なかったとは言い切れません。

現代人は大きな物語を失ったと言われています。
加速する情報についていくには、どうしても視野が狭くなりがちです。
もっと周りをじっくり見て、それから前に進めばいいのではないか――

のなすらは、アシモを見てこんな風に思いましたとさ。

category: 雑記

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