04/ 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31./06

スポンサーサイト 


--.--.--
--
--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

trackback -- |comment -- | 記事編集

go page top

タイトルセンスがステキすぎる 


2007.06.27
Wed
05:56

のなすらはブラウザのホームページがやふーなのですが、
最近立ち上げるたびに目に付くキーワードがありまして。

あの、夏の日 とんでろじいちゃん

なんて機能だっけ……? 検索数が多いキーワードがピックアップされるやつ。
まぁ、とにかく、ひときわ目立ってるんですよ、とんでろじいちゃん。

あの、夏の日-とんでろ じいちゃん

映画か! 原作は野間児童文芸賞受賞作とな?

(作品を知らないので、好き勝手に書いちゃうぜー)

太平洋戦争ものの映画が増えたり、タイムスリップものが見直されたり、
どうも現代は回顧主義に陥っているんではないかと。
確かに、昭和史は激動の63年間だったと思う。

20世紀の前半分は戦争の歴史、後半は経済戦争の歴史。
20世紀という100年は、後に振り返るであろう未来において、
『戦いの100年――100年戦争』だったんじゃないだろうか。

そうした中、否応なく戦いに巻き込まれてしまった人々は、穏やかな生活の中で
ふと思い出すのだろう。
『もしもあのとき、時代が穏やかであったらどうなっていただろうか』と。
でも、過去を変えることはできない。SFのタイムトラベルには、必ずタイムパラドクス
という問題がある。
『歴史を変えてはならない』という問題だ。

のなすらは平行世界説を支持しているので、いくらでも変えられると思っている。
仮に、のなすらが10年前に戻り、何かを成し遂げ、再び現代に戻ってきたとき――
なんら影響はないはずなのである。
なぜなら、同じ地点へ戻ってくるからだ。

改編を行う地点を原点とした場合、本来あるべき未来への分岐が(仮に)右だとしたら、
左の道は誰も知らないルートになる。当然、10年後の未来への道もない。元の世界へ戻るなら、しっかりと舗装された右のルートを選ばざるを得ない、とのなすらは考えている。

もしも、改変された左のルートの行き先を知りたいのならば――現代へ戻ることを放棄し、改変された時代に身をゆだねるしかないだろう。そして10年後になって、何がどう変化したのか理解するのである。
(※のなすらはそう思っている、ということです。論理的矛盾とかあるんでしょうけど)

考えてみると、過去へは過剰に干渉したがるのに、未来については知らない方がいい、
というのはなぜだろう?
潜在的に、未来は不確定であって欲しいと思っているからだろうか。
未来を知れば、現在をどうにかできるかもしれないのに? 

結論から言えば、『未来は絶望しかない』ということになる。
どんなに幸せな姿を送っていようと、人は悲観的に見てしまう。
そこまでの過程を知らないからだ。
結果だけを知っても、実になるものがない。非常に贅沢な悩みだと思う。

過去をやり直すことに意味はあるのか?
とんでろじいちゃんでは、

不思議な呪文を唱えながら、由太とおじいちゃんは、「あの、夏の日」を探しにもう一度、過去へと旅立ったのである…。


という展開になるそうだ。
やり直すのではなく、探しに行く、という表現に胸が躍る。
形に残るものは何も得てない。でも、あのときの経験が、いまも胸に息づいている――
こんなメッセージが思い浮かんだ。

つまり、過去へ探しに行くということは、未来への糧なのである。
それがあるからがんばれる、という拠り所を探しに行くのだ。
少年とじいちゃん、という組み合わせは、物語ではよく見られるけど、
現代ではそうよく見られるものではない。

もしかしたら、少年の10年を支えるものは、老獪な戦士とのひとときなのかも知れない。
(じいちゃんがずる賢いかどうかといったら、やっぱり激動の時代を生き抜いてきただけ
あって手練手管を心得ていると思う)



……はい、好き勝手に書きました。
で、思ったことは、じいちゃんばあちゃんのことって、よく知らないということ。
むしろ、親のことすらよく分かってない。
生まれてきたときから両親は『親』だし、じいちゃんばあちゃんは『祖父母』としか
見られない。若い頃があった、ということが想像しにくいんですよね。
非常に身近なのに、こんなにも遠い他人がいるということに、軽く忸怩たる思いを
抱くわけですが、上の世代の人が教えてくれることっていっぱいあると思うんです。

子供のしつけとか、子供を愛せないとか、現代人が悩んでることって
親たちも悩んでたと思いますし、もっと頼っていいんじゃないかと。
(デリケートな問題ではあるんですけどね……痕が残っちゃうような傷とか
作られちゃったら、冷静ではいられないでしょうし)
んー……暗黒面に思考が行きそうなので、止めておこう。

まぁ、小さいうちにじいちゃんばあちゃんとふれあうのは、決してマイナスにはならんだろう、
と実体験から言っておきます。
ちやほやされるますからね、小さいとw
あと、人間は弱る、という姿を見せておくのも重要なことだと思います。
人間は死んだら生き返らないんだよ、とね。
(どっかの馬鹿な弁護団が、頭のおかしな弁論唱えてるのは反吐が出る)

category: 雑記

trackback(0) | comment(0) | 記事編集

go page top

« 燃え上が~れ~、ガンダム~  | h o m e |  お茶(今日のテーマ) »

コメント

go page top

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://kyoukoko.blog77.fc2.com/tb.php/264-9af99495
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。